はじめに

無線従事者国家試験の筆記試験は、多肢選択式もしくは正誤式で行われているため、採点にあたっては解答が正しいか誤っているかのいずれかしかありません。しかし、総合無線通信士、海上無線通信士、航空無線通信士、第一級海上特殊無線技士、航空特殊無線技士、国内電信級陸上特殊無線技士の国家試験で行われる電気通信術の実技試験の採点基準は必ずしも明らかではありません。そこで、行政機関の保有する情報の公開に関する法律(平成11年法律第42号)の規定に基づき、総務大臣に対する行政文書の開示請求を行い、無線従事者国家試験実施基準(平成13年8月6日総基電第188号)(以下「実施基準」)の開示を受けました。この記事では、本文書の内容について紹介するとともに、開示を受けた当該文書の写しを公開します。

この文書の開示は、私が総合無線通信士試験に挑戦しようと思い立った過程で行いました。モールスの受信練習ソフトとして著名なA1A Breaker(作:JA7UHV S. Yamase氏)のヘルプファイルには実施基準の平成17年6月30日版が収録されています。また、生涯受験生氏の高速音感法のページには同文書の一部のHTML版が掲載されています。ただし、この版の実施基準は、一・二アマの電気通信術の実技試験が存在したときのものであり、若干古くなっています。今回開示を受けたのは平成23年6月15日時点のものであり、現行の無線従事者試験制度を反映したものになっています。結果的に、電気通信術の採点基準に変化はありませんでしたが、なるべく新しい版の実施基準へのアクセス性を高めるために本記事を作成しました。

この記事は2020年8月30日時点の関係法令に基づいて書かれています。内容が正確であるように努めていますが、最終的な判断等は自己の責任に基づいて行われますようお願いいたします。

無線従事者国家試験実施基準とは何か

無線従事者国家試験は電波法の規定により実施されますが、同法46条の定めるところにより、総務大臣は試験事務の一部または全部を指定試験機関に行わせることができるようになっています。皆さんご存じだと思いますが、無線従事者国家試験の指定試験機関は日本無線協会であり、現在、すべての無線従事者国家試験は同協会が実施しています。これは、電波法第46条第1項の規定による指定試験機関(昭和56年郵政省告示第1008号)に定められています。

この国家試験の方法などは無線従事者規則第3条から第6条あたりに具体的に定められていますが、どのような問題を何問出すかといった粒度にまでは立ち入っていません。では指定試験機関が自由に試験問題を作成して採点し、あるいは実技試験を実施して採点することができるのかというとそういうわけではないようです。指定試験機関について、電波法第47条の五では指定講習機関に関する条文を準用することを定めています。準用される指定講習機関に関する条文のうち、第39条の八には次のように規定されています。

総務大臣は、この法律を施行するため必要があると認めるときは、指定講習機関に対し、講習の業務に関し監督上必要な命令をすることができる

電波法 (昭和25年法律第131号) 第39条の八

指定試験機関に準用する場合、当該条文のうち「講習」を「試験」と読み替えることになっています。つまり、総務大臣は指定試験機関に対して割合強い監督の権限を有していると読み取ることができます。実施基準は行政文書のうちいわゆる通達に類するものであり、直接的に法的効力を有するものではありません。しかし、この文書は総務省内における無線従事者国家試験の事務に関することがらを実質的に拘束するものであると考えることができることから、間接的に指定試験機関の国家試験事務を拘束するものでもあると考えてよいでしょう(より正確な記述は末尾の追記を参照してください)。

実施基準の内容

ここに、開示を受けた無線従事者国家試験実施基準のPDFファイルを置いておきます。

冒頭の1には、

電波法(昭和25年法律第131号)第40条に定める無線従事者資格に係る国家試験事務は、 電波法令の関係規定によるほか、この国家試験実施基準(以下「実施基準」という。)により行うものとする。

とあり、無線従事者国家試験はこの実施基準に基づいて行うことが述べられています。この実施基準の本紙部分は、まあそんなものか程度で読んでもらえばよいかと思いますが、この文書に興味がある方にとって特に重要なのは、別紙2・別紙4・別紙6あたりかと思います。電気通信術の採点基準は別紙6に書かれています。特に不問の取扱いの項目には、和文送信の際に「ハツ」「タナ」を付さなくてもよかったり、受信の際にこれらを書いてしまってもよいことが書かれていたりと、少し気が楽になる内容があります。ただし、これは不問とするというだけのことであり、あくまで原則(無線従事者規則第三条の規定による電気通信術の試験の方法(平成2年郵政省告示第721号))に従うべきでしょう。

また、平成17年版との若干の差異として、欧文電話の受信用紙(別紙5(3))のサイズがB5からA4に変わっている点があります。大勢に影響はないと思いますが、気になる方はこの辺りも押さえておくとよいでしょう。誤りでした。末尾の追記(2021年3月4日)を参照してください。

国家試験の電気通信術を受験する際には、この実施基準の内容を頭に入れたうえで臨むとよいかもしれません。

おわりに

今回開示を受けた無線従事者国家試験実施基準が現在の無線従事者国家試験において有効な通達であるかという点については未確認です。また、制度変更により将来にわたってこの内容が変化しない保証もありませんので、十分注意していただければと思います。皆様の国家試験が良い結果でありますように(私も一総通受かりたい)。

※今回開示を受けた文書をウェブサイト上で公開する行為は、情報公開法の趣旨、および著作権法の規定に照らして問題ないと認識しています。問題がありましたらご連絡ください(yamaz.pznsc.je1jgi <アット> gmail.com)。

JE1JGI (Task Hazama)

追記(2021年3月4日)

A1A Breakerの作者であるJA7UHV S. Yamase氏とのやり取りで、欧文電話の受話用紙のサイズは変更されていないことが判明しました。Yamase氏がA1A Breakerのヘルプファイル内にてこの記事を引用されたことに筆者が気付き、これをきっかけに連絡を差し上げた過程で判明したものです。以下、Yamase氏からのメールを引用します。

今朝、 ○○さん(※筆者)からのメールをいただき、大変気になりましたので、本日(3月1日)日本無線協会 東北支部に電話をかけて問い合わせてみました。その内容は次のとおりです。
「日本無線協会東京本部が、総務省に対して直接問い合わせたところ、「無線従事者国家試験実施基準 欧文受話用紙A4版の記述は誤りでB5版が正しい」との回答を得た。したがって、試験は、欧文送受信用紙、和文受信用紙、欧文受信受話用紙ともにすべてB5版で行っている。」とのことでした。
国の公文書に誤りがあるなんて想像もしなかったことで、驚きでした。

S. Yamase氏から筆者へのメール(2021年3月1日受信)

私もYamase氏も、用紙サイズ変更には確信がなかったのですが、これにより無線従事者国家試験実施基準に記載されている欧文受話用紙のサイズが誤りであることが明らかになりました。本来、記事を書いた私が確認しなければならないことですが、Yamase氏にご確認いただきました。Yamase様、大変ありがとうございました。また、副次的な効果により、現在においても実施基準が国家試験の実施にあたって効力を有しているということが確認されたといえます。

以下で、無線従事者国家試験に関する事実関係を整理したいと思います。記事の本文で電波法第39条の八を引用する形で総務省による指定試験機関の監督について触れましたが、より直接的に指定試験機関の試験事務を規定する条文があります。

指定講習機関は、総務省令で定める講習の業務の実施に関する事項について業務規程を定め、総務大臣の認可を受けなければならない。これを変更しようとするときも、同様とする。

電波法第39条の五

この条文は第47条の五の規定により、「指定講習機関」は「指定試験機関」、「講習の業務」は「第四十六条第一項の試験事務」と読み替えることになっており、指定試験機関は業務規程を定め、総務大臣の認可を受けることになっています。この業務規程については、さらに無線従事者規則に定めがあります。

法第四十七条の五において準用する法第三十九条の五第一項の総務省令で定める試験事務の実施に関する事項は、次のとおりとする。
(省略)
三 試験事務の実施の方法に関する事項
(省略)

無線従事者規則第90条

上記の通り、無線従事者規則第90条の三号には試験事務の実施の方法に関する事項を業務規程に盛り込むことが定められています。

無線従事者国家試験の制度上の建付けとしては、総務大臣が試験を行うことになっていて、これを指定試験機関に行わせることも可能である、ということになっています。この建付けからすると、まず総務省内で無線従事者試験の実施基準を定め、これに準ずる内容を含む業務規程を指定試験機関が定め、さらにこれを総務大臣が認可する、という流れになっているのではないかと推測されます。

以上から、国家試験そのものは日本無線協会が定めて総務大臣が認可した業務規程によって行われていることになります。そのため、実施基準に誤りがあったことによって、直ちに日本無線協会が業務規程に沿わずに試験を実施していたとは言えません。また、ことさらに誤りを指弾するつもりはありませんし、若干の用紙のサイズの違いという本質的ではない部分での誤りでもあり、問題であるとまではいえないでしょう。

追記2(2021年7月18日)

電波法令の解説書である「電波法要説第11版」(今泉至明著、情報通信振興会、2020年)の指定試験機関制度に関する記述を参照すると次のように書かれています。

試験事務の具体的内容は試験問題の作成、――試験執行、採点、試験結果の通知等、試験を実際に施行する場合に必要な事務である。したがって、試験問題作成基準の策定、合否の判定基準の策定等無線従事者としての必要な知識技能の審査のための基礎となる事項は、総務大臣の権限に留保されている。

「電波法要説第11版」(今泉至明著、情報通信振興会、2020年)、pp.265-266

上記の追記で述べた事項は正しそうです。


Task Hazama

@JE1JGI 電波を出すところで電波と関係ない仕事をしている。同人サークル plus TK2S のメンバー。黒電話と免許集めが好き。保有:一陸技/一海通/電気通信主任(伝送交換・線路)/工担総合種。博士(工学)。

2件のコメント

情報公開請求で無線従事者国家試験実施基準を開示してもらった話 – plus TK2S 広報部 · 2020年8月30日 8:32 PM

[…] この法律が、その目的にかんがみて適正に運用されているかどうかという部分については議論があるかと思いますが、この記事ではそこまで立ち入ることはしません。この記事では、同法に基づく手続きによって無線従事者国家試験実施基準を開示してもらったてんまつについて述べます。なお、無線従事者国家試験実施基準の中身については別の記事にまとめたのでそちらを参照してください。https://plustk2s.com/?p=243 […]

無線従事者国家試験における電気通信術(欧文電話 受話)および英会話の発音の癖に関する話 – plus TK2S 広報部 · 2021年2月21日 10:02 PM

[…] 英会話の試験は、無線従事者国家試験の中でも鬼門としてとらえている方が多いように感じる科目であり、欧文電話の受信と同様に発音の癖に関する意見を見かけることが少なくありません。筆者が調べた限りでは、この科目に関する詳細な基準は特に見当たらず、以前の記事(無線従事者国家試験実施基準)で開示を受けた無線従事者国家試験実施基準にもこれといった定めはありませんでした。 […]

情報公開請求で無線従事者国家試験実施基準を開示してもらった話 – plus TK2S 広報部 へ返信する コメントをキャンセル

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